情報の信頼性

今回の小湊の釣り禁止騒動の中で、自分がホームとしている事もあり、いろいろ調べているうちに気が付いたことがあるので一応書いておこうと思う。
釣り人のマナー問題、ゴミ問題、事故等で堤防、港等が立ち入り禁止、釣り禁止になるのは残念ながら珍しい事ではない。ただ、どうやらその「釣り禁止」という措置にはいくつかの種類(?)があって、誤解を恐れずに言えば、「釣り禁止になった場所には足を運ばず釣りをしない」というのが最善では無いって事があるかもしれない。
あまり詳しく書くと都合よく解釈して迷惑を掛ける人がいるのでどこまで書くか悩むが、何度か書いている「悪貨が良貨を駆逐する」という現象がおこってどこかで釣り禁止の流れが始まると止まらなくなるんだろうなぁというのが今回の件でわかってきた。。
「釣り禁止の看板」の立てられた経緯、真意、各関係者の言い分(建前と本音)を確認し良識的な人たちが規制を守りながら釣り場にきて清掃、啓蒙、地元の人達とのコミュニケーションを取り続ける事によって、釣り場を再度解放してもらうっていうパターンもありえるもしれない。
「ホーム」と言える釣り場を持ってる人も多いだろう。その「ホーム」が釣り禁止なる原因になるのはその場所に対して「ホーム」という意識など持っていない、そこがダメになれば他に行く、、というくらいの自分勝手な人たちだと思う。
もし、ほんとに「ホーム」を持っていて、そこで遊ばせてもらっている事に感謝、、とまでいかなくても、そこがつぶれるのが惜しいという気持ちがあるなら、もしそういう事(釣り禁止)が起きた時はちょっとだけ動いてみるのもいいかもしれない。
また、釣り禁止となった場所で釣りをしている人を見かけたら、それらの人すべてがルールを破って釣りを続けているわけではないという可能性も頭に入れておいた方が良いかもしれない。もしかしたら地元の引退した漁師さんで自分の庭で続けているようなもんかもしれないし、漁師さんの親戚が叔父さんの漁船の横でやってるのかもしれないし、ある一定の約束のもと漁協や漁師さんその他と話をつけてやっている人達かもしれない。もちろんルールを破ってやり続けている馬鹿野郎の可能性もかなりある。
少なくとも、今回の小湊に関しては相当狭くなったとはいえまだ釣りをする事が出来るし、地元の漁業関係者の中にも何とか今回の措置を打開しようと動いてくれている「釣り人の味方」も何名かいる。全ての釣り方、全ての釣り人に対して再度解放するのは難しいかもしれないが、ルール、マナーを守った釣り人なら今まで通り釣りが出来るようになる可能性がわずかだけど残っている。
もしかしたらそういう場所が過去に釣り禁止になった場所にもまだあるかのかもしれないし、今後釣り禁止となってしまうところにもあるのかもしれない。
「釣り禁止」の情報は、今の時代ネットを通じて簡単に拡散されるし、仕入れる事が出来るがもしその場所が自分の「ホーム」で納得いかない気持ちがあるなら、ネット情報を漁るのではなく自分で直接当事者(漁協や港湾事務所等)に確認を取ったり、地元の漁師さん旅館の人たちに聞いてみるのも必要だとおもう。

コメント

  1. 湊カマス より:



    いつもブログを拝読しております。小湊の清掃活動等、釣り人全体のことを考えた行動をされているようで、一釣り人として非常に感謝しております。
    さて、今回「情報の信頼性」とのタイトルに少々違和感をかんじましたので、コメントさせていただきます。
    生しらす様においては当然認識されていることとは思いますが、お考えを聞かせていただきたく。
    すでに御存知の通り小湊港には「釣り禁止」「漁協関係者以外立ち入り禁止」など物々しい看板が設置されております。生しらす様は「漁協に確認した」とはいえ、看板に書かれている禁止事項に触れた釣りをしていることにはどの様に感じていらっしゃいますか?
    以前ブログに書かれていたと思いますが、漁協には「釣り禁止」「立ち入り禁止」にする権利はないはずです。ということは、「釣り禁止」という情報すら正しくはないのです。
    また、港は漁協が優先的に使用できるとはいえ、本来は県の持ち物である港に漁協が勝手に「釣り禁止」「立ち入り禁止」の看板を設置するだけではなく、置きっぱなしにされている漁具やロープの設置については問題だとは感じませんか?一釣り人としてはルールを守るのは当然ですが、ルールを守れという漁協も当然ルールを守るべきと感じます。ありもしない特権を振りかざすだけでは釣り人も素直には従えないというのもわかる気がします。
    まとまりない文章になってきましたが、要は釣り人の権利も主張しつつ、漁協とうまくやっていく方法を模索できないものかということです。生しらす様一人に期待するのは酷かと存じますが、なにか良い方法はないものでしょうか。

  2. 生しらす より:



    >湊カマスさん
    コメントありがとうございます。
    >看板に書かれている禁止事項に触れた釣りをしていることにはどの様に感じていらっしゃいますか?
    これに関しては今回の記事で説明してるつもりですので詳しくはこちら書きませんが、湊カマスさんのおっしゃる「釣り禁止という情報すら正しくはないのです」の通りだと思います。これについてはあまり詳しく書くと都合よく解釈する人が出る可能性があるので詳細は控えますり
    もう一つの、漁協の権利の濫用?漁師のマナー、ルール違反についてもおっしゃる通りの側面も当にあると思ってます。ただ、私はべつにきれいごと、理想論、あるべき論を言ってるのではなく、どうすれば自分たちが気持ちよく釣りを出来るか?の視点で考えているので漁師、漁協がマナー、ルール問題を非難したところで何も特にならないと思ってるから気にして無いだけです。
    社会の中でどんなことでもそうですが、あんたもやってるだろ?とか俺だけじゃなくあいつだってやってるだろ?みたいな態度をした時に相手が「じゃぁ、まぁお互い様だから仲良くしようか」なんて歩み寄って来ることはまず無いです。逆に「あいつもたいがいだけど、言ったところで何も解決しないからしょうがないコッチが折れるか、、、」とやる事で自体が好転することの方が圧倒的に多いし結局労力もかからないです。
    それと、大原則として、制度の事出したりしてなんだかんだ言ってもやっぱり生活の手段として港を使ってる地元の漁師さん達と遊びで使ってる釣り人や観光客とで港の使い方、ルールに関して同列に語るのはナンセンスです。マナーを守らない釣り人に暴力をふるってきたり、クーラーを海に蹴落とかしてくるなら流石に別ですけどね。
    話にまとまりがなくなりましたが、自分は別に漁協や漁師さんの言うことに釣り人はそれに従うべきと思っているわけではなく、自分たちがやりたい事を出来るようになるにはどうするのが1番いいか?(可能性が高いか)を考えて行動しているにすぎません。
    相手に悪いところがあるからと言ってコッチの悪いところが帳消しになるわけじゃ無いのでそんなの気にしたり指摘するのは時間と労力の無駄でしか無いと思います。